ダイアベティス(diabetes)という病気に関しては、紀元2世紀のトルコのカッパドキア出身でギリシアで活躍したAretaeus(アレタエウス)がその症状について詳記して病名をδιαβήτη(diabetes)としたとされています。日本では、中国の伝統医学で消渇(しょうかつと読みます)が糖尿病のことを指していると考えられていて、「消渇」と呼ばれていました。

 江戸時代、1774年の杉田玄白らの解体新書以降、オランダ経由で西洋医学が日本語に訳されるようになった。1792年に医学者でもあり蘭学者でもある宇田川玄随は ヨハネス・デ・ゴルテル著の『簡明内科書』を訳し、日本初の内科書である『西説内科撰要』として出版した。西説内科選要の「尿崩」(のちの糖尿病)の項には、 「胡栗納布碌私篤彪謨 (ウリ ナフ ロ ス トピーム)」,「若別的斯(ヂ ャ プ テ ス)」と記載されているが、ゴルテルの原典は 「Van de Pisvloed (Urinae Profluvium, Diabetes.) 」である。つまり、「尿崩」(のちの糖尿病)はVan de Pisvloedを訳したものであり、diabetesと同義語と考えられていたということである。しかしながら、Van de Pisvloedは当時のオランダでのdiabetesの俗語と考えられる。すなわち、「尿崩」はオランダ語のdiabetesの俗語から生まれたと考えられるのである。

 1857年には 緒方洪庵 と青木浩斎が独自がドイツのHufeland の Enchiridion medicumのオランダ語訳からさらに和訳して「diabetes mellitus」を「蜜尿證」、「蜜尿病」と訳している。ちなみに、 Hufeland の ド イ ツ 語 原 典で は、「Harnruhr(Harn=尿,ruhr=赤痢)」が‶diabetes mellitus”とともに記載されている。宇田川玄随 の尿崩という病名からの続きで、この病気には「尿」という字を切り離すことが困難になっていたと考えられる。

 さらに、明治になって尿が甘い理由が「糖」であることが解り、「糖尿病」という病名を使われだし、蜜尿病と糖尿病が同義語として使われた時代を経て、1907年の第4回日本内科学会講演会を機に糖尿病に問い移されたと考えられている1)。

 これまでの経緯でお分かりのように、diabetesという病名はギリシア由来の単語で蘭学者には和訳ができない病名であったため、俗語のVan de Pisvloed(蘭語)から尿崩ができ、蜜尿病、糖尿病と変遷してきたのである。

 以前から「糖尿病」という病名を変えてもらいたいという声が上がっていました。

 東海地区のエバーグリーンヤングの会は2000年に結成され、1型糖尿病の患者さんや医療関係者がインスリン治療をしながらうまく日常生活の様々な問題をうまく対処していけるよう、情報交換をしていました。そのなかで、「糖尿病」という病名がよくないという声が多く聞かれました。しかしながら、当時は「糖尿病」病名の妥当性について発言しても糖尿病専門医の中では賛意が得られませんでした。そこで、本当に「糖尿病」と言う病名は「diabetes mellitus」を訳したものであるのかということを中心に調べました。当然、諸先輩の文献を当り2) 3)、日本での病名の起源の調べました。決定的な根拠がつかめなかったのですが、「尿崩」の原典に当たると意外に簡単に「尿崩」=diabetes ではなかったことが判明しました。せっかくなので、のちの時代に降りて、いつから糖尿病という病名ができたのかを書物を調べ上げた結果、1876年ということが解りました(新たな発見があれば、もう少し早くなる可能性があります)。また、「蜜尿病」と「糖尿病」の学術誌での出現頻度を調べ上げ、糖尿病に統一されたのが1907年であることもわかりました。私たちは医学部生の頃から「ずっと以前からdiabetes mellitusは糖尿病と訳されている」と聞かされていましたが、たった100年程度であったことが分かりました。

 世界の糖尿病学会の流れでスティグマとアドボカシ―が大きな問題として浮上してまいりました。他の疾患、例えば、精神科領域、認知症領域ではすでに病名の変更が行われてきました。その流れがようやく糖尿病の領域にも来たということでしょう。日本糖尿病協会を中心に病名がスティグマを生じさせるとの意見が議論され、今、ダイアベティスへの流れができているのであると理解しています。

参考文献

 1) 羽賀 達也,三輪 一真  (2006)  日本における病名「糖尿病」の由来について. 糖尿病 Vol49. No8 : 633-635     

 2) 福満昭二,三村悟郎 (1991) 糖尿病の名称をめぐって.糖尿病 12 : 1015-1018

 3) 大滝紀雄    (1972)    日本の糖尿病(2).    Diabetes J. Vol 7. No.2, p 31-34